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2006年5月

人的資源の枯渇

最近、老いについて考えるようになりました・・・
いきなり何?と思うでしょうが、60才近くになる母が
作業についていけなくなりつつあるような気がします。
有機栽培をはじめるようになり作業内容が繁雑化し
作業効率が低下し慣行栽培のような順調な準備が
難しくなったことがその一因にあります。
ありがたいことに手伝ってくれる人がいるからこそ何
とか作業は進んでいますが今年は1人田植えの日数が多くなり
大幅に作業が遅れています。将来に対し今年は大きな
不安を感じました。
(収入面から考えると有機栽培を止められないのも事実です。)
私個人がこういったことをかんじているのでしょうか?伸萠地区の
有機栽培農家の方でもこういったことを考えている方は多いのでは
ないでしょうか?
冬水田んぼの環境面のみがクローズアップされている昨今、
人的資源の枯渇といった持続性における根本的な課題が
無視されているのはなぜでしょう?
環境面の効果だけを探して掘り下げていくのではなく、現場の空気や水
また、農家の汗を体験し、私達が直面している本質的な問題に目を
向けてもらいたいものです。
日本のどの農村でも抱えている問題を環境面と同等にしっかり考えていくこと
できればふゆみずたんぼの真の成功が見えてくるのではないでしょうか?
環境保全米の裏には農家の苦悩があるのです。

エルミタージュの建築 その5

今日は、エルミタージュの玄関を作るのを
手伝っていました。25日まで、間に合わせたい
祖父の気持ちを汲み取って春作業の合間を使い
作業していました。
作業中ある質問を祖父にしました。
奥の出入り口に玄関を作り、使いにくいのではないか?
祖父曰く、手前は、上座敷になり、和尚と殿様しか出入りできないので
下手に作った。
利便性を考える私と農村文化を継承している祖父との考え方の違いが
明確に現れた食い違いでした。しかし、ここ、エルミタージュに和尚や殿様
がやってくることが今後あるのでしょうか?上座敷から出入りする殿様を想像
しながら玄関を作っていました。

エルミタージュの建築 その4

エルミタージュの玄関が・・・・
大切に保管していていつか使おうと思っていた
乾燥機のダクトのブリキ板を祖父がきれいに加工し
屋根のトタンに使っていました。
これつかうのに・・・・あーーーやちゃった。
文句は決して言えないので胸にしまいこみ
きれいに屋根を葺いたね.と誉めておきました。
25日の落成式までに玄関を完成させるそうです。

トラクターの購入 1

余りにもトラクターの故障が多く購入
を考えています。しかし、車以上に迷ってしまう
自分もいます・・・
キャビンは欲しいところですが、100万円近く高く
なってしまう為、キャビン無しのトラクターにすることにしました。
厚着をすれば寒さをしのげます。
100万円と厚着を天秤に掛け、寒さは精神力でしのぐ事にします。
(本音はすごくキャビン付きがほしいのですが・・)
後は、出来るだけ減耗の少ない安い丈夫なトラクターを
さがします。
祖父も父も固定費を出来るだけ押さえた経営をしてきました。
その精神を受け継ごうと思いつつガラス張りの冷暖房完備の
トラクターが毎晩夢枕に現れ私を誘惑するのです。
ちなみに予算が厳しいので、実用性のみのトラクターしか買えません

休耕田の開墾 その2

田守村開墾二日目。
くわで霧雨の中、水はけの悪い傾斜脇の
側溝掘りを代掻きの水の溜まる間を見計らって掘っていました。
霧雨に濡れたくわの柄、そして額の汗、いつもの空想癖が
沸き起こってきます。今回は、(北の零年)主人公、渡辺謙になりきって
くわを握っていました。
私の曽祖父も北海道の開拓民として宮城から移住し、映画のような
辛い時代を過ごしたようです。祖父から幼少期の話を聞きました。
約100年近く昔の曽祖父のことを想像しながらくわを握りました。
特に疲労については、想像がつかないほど過酷だったことが今日
の作業で実感できます。
休憩時間の霧の中の林は薄い緑が冴え、美しく大変幻想的でした。
ある意味贅沢な時間でもあります。

エルミタージュの建築 その3

2号棟、エルミタージュが完成したと思いきや・・・・
知らぬうちに玄関が作られはじめていました。
無言のまま行動する老人パワーに圧倒されっぱなし
ですが、玄関完成図が想像つきません。
もちろん、図面などあるわけもなく、聞けば注文が
増えるからと何も答えてくれません。
出来てからの御楽しみになりそうな玄関です。
(老人パワー情報)
今日、帰り際に、次はビニールハウスを作るから
立てるところを整地して填圧しておけといわれました・・・・
えーーーー。春作業中ですよ。
いいからしておけ。
どうしよう。狂おしいくらいに活発な老人に言葉がありませんでした。
父がなくなってから四棟目の建物が建とうとしています。廃材建築家
MASAJIの活躍はまだまだつづきそうです。

休耕田の開墾 その1

田守村の池の脇にある休耕田を復田することにしました。
ここ10年放置していたので、小さな柳が生え一部崩れて
畔を作り直さないと米作りが出来ない状態でした。
今日は1人、北の国からのテーマソングを口ずさみ黒板五郎
になったつもりでスコップを握り畔を作っていました。
しばらくの間、自分自身が北の国からの主人公になりきって
田守村の開墾作業を楽しまなければなりません。
自宅に帰りその気になって、家内のことを五郎のくちまねで
(ほたる・・・)と呼んでみると、そのことには触れず、
はやくご飯たべてちょうだい。洗物があるんだから。
と素っ気無い口調に一気にテンションが下がってしまいました・・・・
【それまではすっかり五郎さんになりきっていました。】
明日も開墾作業をします。代掻きは水の具合を調整しながら
朝、晩、にしています。
田んぼを休むことは簡単ですが、元に戻すことは、大変難しいことです。
田んぼの復活に昔人の苦労がしのばれます。今晩は筋肉痛に悩まされ
そうです。

田んぼに舞い降りたケリ

今日、代掻き準備の為、田んぼへいってみると
ケリの営巣地点から100メートル離れた畔の上で
翼の折れたケリが1羽うろうろしていました。
保護しようかと一瞬迷いましたが、私達が管理している
田んぼであってもある意味、野生のフィールドであることは
間違いありません。自然の成り行きに任せることにしました。
1つ心に引っかかることは、営巣地にある卵です。
彼らの親でなければと願っています。
ふゆみずたんぼをするようになり、私なりに自然への価値観
が変わってきたように思います。昔から受け継いできた人間の
営みと寄り添うように生きてきた生き物。その中で繰り広げられる
食物連鎖の一端にどこまで私達が介入できるのか?ただやさしさ
だけではない厳しいまでの倫理観と哲学がふゆみずたんぼの根底
にあるような気がしてなりません。かわいそうだから保護してあげればいい。
ふゆみずたんぼの作業の辛さをしれば知るほど優しさだけではない
厳しさの中にある自然がどうあるべきか少しは理解できるような
気がするのです。
((現在の田守村))
祖父、正二が田守村本部前にある作業小屋の屋根のペンキを
塗りはじめました。
危ないからやめてくれ、落ちたらどうする・・・という家族の静止をふりきり
1人バイクに跨りペンキを買って勝手に塗り始めています。
危険だと今日、再度確認したところ(老人扱いするな。)と93歳にもなって
豪語するので暫くの間、温かく見守ることにしました。
元気過ぎる老人に脱帽です。

春作業に向けて

そろそろ春作業に入ってきました。
今頃になってくると冬の間抱いていた、春になったら
あれもしよう、これもしようという理想から覚め、
現実的に体力と時間の許す範囲で、
何をすべきか、優先順位の中で春作業のプログラムが
組まれます。
張りきりすぎると翌日は、ダウンしてしまうことがあり、
1日分の体力は、決まっているので、上手い具合に仕事の配分
をしないと肉体的にきつい仕事が数日に集中してしまい、
1人では、どうしようもないことになってしまうことがあります。
自分の体力をしっかり把握し、春作業のきつい仕事をやりこなす。
そういう人が私のめざす、農家としての目標ですかね・・・・
ちなみに、私は、張りきりすぎてダウンするタイプ

田植え機の修理 その2

今日、酒1升でもらってきた田植え機をなおしていました。
外に1年以上放置してあったためワイヤー類や螺子が錆び
動きません。我が家にあった同機種のスクラップから外して部品を取り
植えつけ部分のオイル漏れは、オイルの注ぎ足しでごまかしました。
当たり前に使えるようです。(実際に使用しないと細かい調整ができません。)
総コスト2500円の田植え機の完成です。予備用に保管しておく予定です。
発売当初、170万円もしました。
農機具は、機種ごとに壊れる部分はほぼ決まって
いるので、そこの直し方を覚えればまだまだ使えるスクラップの農機具はいっぱいあります。
新しい農機具は何時でも買えます。あき時間を利用してすこしだけ油で手を
汚し、コスト削減に努めれば、あき時間が時給数十万円になるかもしれません。
試してみてはいかがでしょうか?

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