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2006年7月

地区の親子旅行にて

今日は地区の親子旅行で海に行ってきました。
なかなか子どもと面と向かって付き合うことの少ない私にとって
子どもとべったり過ごす時間は大変貴重です。
海水浴場では、何故海に入らない?と周囲の親から強いプレッシャーを浴びましたが
数日前のおぼれたトラウマからとは言えず朝草刈りをしてきて体調が悪い
ということにしました。(もちろんうそです・・・)
しかし、子どもがその真実を言いふらし、しかも見ていないくせにリアルに
その情景を話したもんだから出荷したお米のように溺れた農夫のレッテル
が私にしっかり貼られ溺れた産地まで情報公開するはめになったのです。
娘の笑顔に私もお父さんの立場を考えて、ともいえず、笑って流すのです。
娘との会話で強く感じたこと。
地区との交流、子ども、全てにおいて亡くなった父との記憶をよみがえらせ
その当時の気持ちを農夫として理解することができ、自宅に帰ってストレートに
父に伝えたかったと帰りのバスで考えていました。幼かった頃の記憶と娘の成長
長生きさえしていればそれでいいとはじめて感じたこと。
全てにおいて経験したことの無い、私の父と入れ替わったような懐かしい
ノスタルジックな体験でした。家族への思いが深まったすばらしい1日が私
にとって明日への糧となりそうです。

修理に思う事

雨、雨、雨。
今日は、田んぼの見まわり用のバイクのパンク修理をしていました。
不器用な分、時間が掛かってしまいました。
そこで常々思うことは、修理時間と、もし外注をして修理した場合の
コストの差、例えばカッパを着て草刈りをした場合の時給換算
した格差をしっかり考えて修理しているかということです。
今までは、自分で修理すればいくらでもコストは軽減できると
考えて努力してきましたが、無理をしてまで修理すべきか?
と言うことを考えるようになりました。
疲労と休養のことまで視野に入れるようになると今までとは違ってきます。
例えば、バイクの修理において工賃が1500円程度とすると
それに私が半日分の時間を費やせば外注のほうがいいような
気もします。
我が家は昔からなんでも自分で作り修理してきた伝統的家庭文化
が存在してきました。しかし、私なりに時間という概念をしっかり入れなければ
いけません。祖父の考えていることの素晴らしさを私なりに理解し継承して
きたのですが時間の束縛には昔の大らかさは無く、現代のタイムイズマネー
との思想のギャップを埋める難しさに頭を悩めます。
今後は私なりの努力と一部、外注を視野に入れ新たな経営文化を育んで
いけたらと思います。もちろん、祖父のアドバイスは尊重してのお話です。
やはり、いきつくところ、温故知新ということが重要なようです。

いもち防除

イモチ病が田守村の田んぼに出始めました。
たまの晴れ間に動噴機を背負い田んぼをよっちら歩いています。
一雨でかなり広がるので梅雨明けが待ち遠しいです。
動噴機はもちろん重く、雨上がりの田んぼでは汗とズボンにつく
草の水滴でびしょぬれです。私は最近、そういった辛く感じる仕事を
やり過ごす為、今置かれている自分の状況を別世界に置きかえるのです。
動噴機は、ザックで今自分は雨上がりのジャングルを探検している探検家。
畔にいる蛇は大蛇で、ウシカエルは、ワニ。
そして母は、首狩族の・・・・・
想像力豊かに探検しいると母に(もっとゆっくり歩け)などとどやされ現実に
引き戻されます。
最近は、辛い仕事の回避法というよりも妄想癖に近いものがあり自分なりにヤバイかも
などと思いつつ、母と喧嘩の後などは、黒木瞳が母だったらなどと馬鹿なことを
頭によぎり我にすぐ戻るのです。

海水浴にて

今日、午前中いっぱいで減反の草刈りを終わらせ、
午後からなかなか出来ない家族サービスをしに子ども達と海水浴に
行ってきました。
子ども達にいいところをみせようと
(おとうさん、向こうのブイまで泳ぐからよく見ててね。)
といい、かっこよくクロールで沖に泳ぎ始めました。
はじめの頃は調子も良かったのですが次第に息が切れブイにつく頃には
限界でした。
かし・・・・休もうと思ったらロープが無い・・・・
は、は、は、・・
我が家の犬が餌を求めているときのような息が切れる状態で
急いで岸を目指して逆戻り。
途中で息が出来なくなり、急いで仰向けになり背泳ぎで何度も陸を
確認しながら岸を目指しました。このとき始めてことわざの(藁もつかむ思い)
を32才にして経験しました。近くの小学生の浮き輪にこれほどつかみたかった
ことはありません。しかも、小学生は、じたばたしている私の横を笑顔で横切り向こうに行ってしまいました。
やっとの思いで岸に這い上がり小学生に集目される中、何事も無かったように
その場を立ち去ったのです。
この3分後私の思ったことは、農業で体を鍛えているからと言って体力を甘く見てはいけない。
災害でまず怪我をするのは私のようなタイプの人間であるということ、
そして、塩水を飲んで思い出したのが今朝、鶏に水を与えてやらなかったこと
家に戻りすぐに水を与えました。
鶏のテレパシーが私をこんな目に合わせたのではないかと車の中で頭をよぎり
もっと大切にしようと心に誓うのです。
そして、私の勇姿?を水遊びで家族が見ていなかったことを後で知り、
(お父さんをもっと大切にしろ)と心の中で叫ぶのです。
明日、朝起きたら、まず、鶏に優しく語りかけ、水をたっぷりあげようとおもいます。

農村に思う

今日、NHKでワーキングプアについて放送していました。
働く意欲があり、もしくは忙しく働いているが収入に結びつかない
ひとたちのこと。
事例に挙げられていた秋田の農家の現状は、多分にもれず、
我が家にも当てはまり、有機栽培により辛うじて減収は食い止められた
ような気もしますが、労働時間の大幅な拡大は華々しい環境保全祭り
の裏の厳しさを考えます。
本当の貧困の厳しさを知っている祖父は、今日も古材でビニールハウスの
骨組みを組み上げ当時と変わらぬ哲学を貫き、別の田んぼで私は価格
の高い有機栽培米の稗を抜くのです。
農村地域に暮らす私達は、品質の高い米、をスローガンに掲げながら
環境保全米という高いお米を作り、旧町内のかたにおいては、元農家
でありながらお米さえ満足に食べれない人がいることを聞いたことがあります。
私は自分自身の米作りのコンセプトとして(公に還元できる米作り)
と言うのを常に考えていました。しかし、固定費のことを考えると米価を
さげることも出来ず結局は、富裕層の為の米作りではないか?
などと農作業をしながらたまに自分を責めるのです。
環境に優しいことをしている。だから有機栽培農家はすばらしい
と様々な場所でちやほやされ笑顔になっている私の内面は
農民としての経験が長くなるほど冷徹に自分を否定しています。
そこで、何ができるか?
自分にできることを常に考えながら農を営み、有機栽培により
多くの人にめぐり会う機会に恵まれました。
田守村は私にとって社会にいかに農業を還元できるか?という
チァレンジのフィールドなのです。多くの人と語り合い、小さな
仕組みをいくつも作り上げ、その中から成功できそうなものを
大きく展開する。何も大義名分も必要ありません。出来ることから
あき時間にこつこつ積み上げて活動すればいいのです。
田守村に来てくださる皆さんと今後も長く活動できることを私は強く望みます。

バイクの修理

ここ2日機械いじりをしていますが奥が深いです。
今回初めてエンジン部分をばらしたのですが
改めて各部の名称や働きを友人に説明されながら
触っていたのですが発明した人の努力や苦労が
伝わってきます。
有機栽培をして常に草がでない方法を探している
私は、様々な草の出なさそうな小さい実験を田んぼで繰り返します。
その苦労の積み重ねと小型バイクのエンジン構造のなるほどこうなんだ。
という部分が自分のしていることと重なり、直接エンジンを触ることで
ダイレクトに開発者の気持ちが伝わる感じがするのです。
あれほど小さいバイクのエンジンですが今日の私にとっては大変存在感が
ありました。
ちなみに祖父がオイル切れのままバイクに乗りエンジンをこがしてしまい、
(壊れたからなおせっちゃや)の一言の指令でバイクをいじり始めましたが
(早く直せ)とせっつかれ少々私がオイル切れのようです。お粗末。

雨男は君だ!!

今日、1日中雨が降り続いていたので農機具修理
を友人としていました。
そこで小さな小競り合いが・・・
誰が雨男か?
(お前とツーリングに行くと雨が降る。)【いいや、他の人と行ったときには晴れた】
などと他愛もないことをはなしていました。
しかし、よく考えると、彼とスキーに行くと吹雪いたり、泊まりのキャンプに行くと
集中豪雨にあい、その帰りに地震で渋滞に巻きこまれるなどまともなことが無かったことも事実。
しかし、彼には言わなかったが高校時代に山岳部に所属していた私の
山行の降水確率を当時計算したところ76パーセントとぐんをぬいていた。
私が雨男だ-ー。と心の中で小さく叫びながら、口ではお前が雨男だと大きな声で
はっきり友人に叫んでいるのです。
ちなみにイベントにおける田守村のキングオブ雨男は私ではなく・・・・・・・さんだと
思われるのですが。いかがですか?

マムシ捕獲命令

先日、母が田んぼでマムシを見たと大騒ぎをしていました。
今日、私に指令が下りました。
危険だから捕獲しなさい。【我が家の絶対君主】
えーー。俺が危険だっつーの。
恐る恐る減反田の奥へいってみると言われた場所から
近いところで尻尾が見えました。
「あーーーーーー。」
叫びと共に消えうせましたがとりあえず母へ報告。
明日、捕獲しなさい。【2度目の絶対君主】
んーー。命令を下す母の私への普段の思いやりの加減を推し量る
ことができず考えこんでしまいます。
明日は、完全防備で対決しようと今晩は、爬虫類の図鑑を枕元に
置き、習性を学習しながら眠りにつきます。かまれたら病院へ連絡できるように
一応、携帯のメモリーに加えておきました。
巌流島で小次郎と戦う武蔵の心境か、はたまた、コブラと戦うマングースの
心境か?前者の方がカッコいいような気がしますが多分私は後者なのでしょう。

仙台散策にて…グッチ

先日、用事があり、仙台にいってきました。
たまたま時間が空いたのでアーケード街を中心に散策すると
高級ブランドのグッチのお店がありました。
朝方田んぼで草取りをしていた私は数時間前の私とグッチの
前に立っている私にどうも落差というか違和感というか何とも言えぬ
抵抗感を感じ入店を躊躇していました。
家内の強い希望もあり、入店をしたものの店員に
何をお探しですか?と早々に尋ねられてしまいました。
(えーとー・・・・・・・・・・・)
欲しいのは、ヤンマーのコンバインなのだがここは農協じゃないんだ。(心の中で)
(紳士物の財布ですかね。)と濁しながら答えると五万円からあるという。
五万円なら動噴機と変わらぬ値段。などと全て農機具と結び付けてしまい
頭の中がぐるぐるしてしまいました。
店を出て、歩きながら考えていましたが私は何時から頭の中がこんな構造
になったのでしょう。学生時代は、メーカーもののアウトドア商品を探しに
札幌を歩き回ったものですが、10年たって口をつくメーカーはヤンマー
イセキ、三菱、共立・・・・すっかり農家的脳内構造が気づかぬうちに
構築されていたようです。
ちなみに私の財布は、地元ホームセンター、Kメリで買った980円の財布です。
追伸・・グッチでは財布をケースから出され手に取るように進められましたが
    これ1つで私の財布が50個買えると思うと触るのをやめました。

蓑と笠

最近、除草中に、にわか雨がぱらぱら降って
くることが多くなりました。かまわず働いていると
風邪をひくことがあります。
一時、自宅に避難すると93歳の祖父に蓑と笠を被れといわれます。
時代錯誤もいいところだ。と思われますが、案外話を聞くといいらしい
のです。
現在では、雨具と言えばカッパですが作業中に蒸れてしまい結局ぬれてしまいます。
しかし、蓑は、晴れていれば日よけになり雨が降っていれば雨避け
になりオールグランドで使用できるのです。
けれど・・・・・・・・けれどです。
現在、田舎暮らしの私ですが、今だに蓑と笠を身につけて農作業をしている人を
見たことがありません。つまり、目をひくと言うこと、具体的に言えばはずかしい・・・・
着て作業してみたいようで、ちょっとはずかしいようで、来年踏ん切りがつけばチャレンジ
してみようとおもいます。

ちよっと小休止

今日は久しぶりの雨に農作業を休み1日読書
をしていました。カッパを着て作業しようか一瞬悩みましたが
夏風邪をひいていることもありあっさり自分を納得させました・・・
母には部屋の掃除が溜まっていると言ったのですがしっかり
本を読んでいるところを確認されてしまった。
(仕事しろ。と たまにはやすませろ。の小競り合いもあり、気分がちょっとへこみましたが)
いつもは寝る前にうとうとしながら読む本も1日あると熱中して読めるもので
学生時代の気分を思い出しました。
学生の頃は有り余る時間をいかに過ごすか持て余したものですが
有機栽培農家となった今では、時間的な制約に加え体の疲れ具合と
仕事内容をしっかり管理しなければ仕事になりません。知らないうちに
そういったことも考えるようになりました。学生時代の緩やかな時間の流れは
そのときにしか味わえないものなのです。
今しか出来ないこと、今だからこそ出来ること、精一杯、今日しか出来ないことを
密度濃く過ごしてみたいと窓越しに降る雨を見つめながら本を片手に思っていました。
有機栽培は大変ですが、人生を精一杯過ごすことの出来る幸せをたまに過ごす雨の
読書で強く感じるのです.たまに休みもいいですね。

環境保全を思う

最近、サギのカウントをはじめました。
K地さんに影響された側面ももちろんありますが
どうも最近、田んぼのお話をたまに頼まれてするようになると
正直、口をついてしまうのが農家としてのきれいごと
と本当に自然を守っているの?という自分自身の
日常的な感情です。
無農薬イコール自然保護という単純な図式が
自分の中で結びつかないのです。
現場にいるからこそ、そのように思うのかも知れませんが
無農薬のお米を作ることが先生方のいう環境保全という高尚な
オブラートに包まれ美化されるとどうも、毎日泥だらけになり
必死になって仕事としてのみ忙しく取り組んでいる私としては
しっくりこないのです。
環境に配慮した米作りという理想を常に考えているわけでもなく
たまに頼まれた田んぼの案内などで、口にする言葉と普段
そこまで環境保全について考えているのか?という自問自答もあるのです。
で、どうしよう・・・
行動ありきで、暫くは田んぼにやってくるサギをカウントしながら
考えよう思います。
3年も環境保全を唱えていたら疑問や壁にあたります。
これを乗り越えられると一回り大きくなった農夫になることができるのでしょう。
明日もはりきってカウントです。

片足のウシガエル

今日は、田守村の草刈りをしておりました。
いつもの如く、修行僧になりきって疲れを感じない
無の境地を探求していたのですが、田んぼの中をばしゃばしゃ
大きな音をたてて逃げる塊があります。
草刈り機械を止めその塊を田んぼの中で追いました。
(その正体が気になって仕方がなく、咄嗟の判断でした・・・)
ズボンは濡れ、転びそうでしたがその塊を手で押さえるとなんと
ウシガエル・・しかも片足が無く完全に治癒した跡がありました。
多分、私が昨年、間違って草刈り機械で傷付けてしまったのでしょう。
カエルの学習効果で危険を感じ、おもいっきり逃げたのだと思われます。
今年もつかまるとは不幸なカエル・・・・しかし、思いっきり手をすり抜けて
全速力で逃げていきました。
確かに逆の立場になったら必死で逃げるだろうな。とおもいつつ
カエルの危機管理能力の高さと生命力の強さに感心します。
また、来年あえるでしょうか?私は会いたいのですがカエルは
2度と会いたくないでしょう。
片足カエルに野武士の力強さを感じます。

おじいさん…

おじいさん動きはじめる。
今日、祖父に朝一番に声をかけられ畑の草取りが終わったので田守村へいくから弁当作れといわれる。
雨なのに・・・・
そう、祖父は、稀に何か別のことを思いついたかのように行動パターンがいきなり変わる。本部建設の朝もそうだった。93歳の高齢にもかかわらず健康そのもの。世界大戦時のことを質問すると1次大戦のことを話し始める私達の知らない長い歴史に裏打ちされた経験がそうさせるらしい・・・・
私は祖父がこれから何をしようとしているのかわからない?質問しても答えない。それは祖父にしかわからない。
ちなみに今日は本部の裏の掃除をしていたらしい・・・
何をするか答えるといろんな事を言われるので隠している.今日そんなことをぼそりといった。何をしようとしているのか、聞きたかっただけなのに・・・なにを企んでいるのか?気になってしかたがない・・・

マッサージチェア

昨日、ジャスコから注文した品が届きました。
その名もマッサージチェア
草取の合間に、家族でジャスコにいったときのこと、
子ども達が遊んでいるときにその魅惑的なイスに腰を
下ろしました。
オー、マイ、ゴッド すばらしい。言葉では表現できない快感。
私は、翌日からへいってもマッサージチェアのことしか
考えられなくなりました。しかし、値段が高い。広告もジャスコの
マッサージチェアを無意識に探しています。
家内に内緒で、3度もジャスコに座りにいきました。
とうとう、3度目で注文し、昨日の配達となったわけです。
使う前には、バスクリン【ゆずの香り】入りのお湯に入り身を清め、ダイソーから買った
クラシックを聞きながら腰をかけました。最高にきもちいい。それから今日も同じ事をしています。
田んぼの草取りは確かにつらいです。しかし、小市民的な楽しみが出来たのも
事実です。昔、自分の田んぼに生き物が増えていったときの楽しさをおもいだしました。
最近は、生き物慣れしたせいか、見えてきたものが見えなくなった感じがします。
実は、このマッサージチェア購入の楽しさから話がふくらみ、母ともう一度、生き物をじっくり
みようと話しが盛り上がりました。
ひょうたんからこま、マッサージチェアから話が弾み、生き物へ結びつく、これもふゆみずたんぼの
なせる技なのでしょうか?不思議です?

草取り

ひさしぶりに日記を書きます。
草、草、草、・・・・・・・
毎日、修行僧のように田んぼへ、へばりついて
雑草退散を唱えながら草取りをしています。
最近は、疲れを紛らわす手法を色々考えながら工夫して
田んぼで時間をすごします。
その1、合鴨になりっきって草を取る。
     
    誰もいない暑い日だったのでガーガ-大声を出して
    擬態もやや工夫して草取をしてみました。
    しかし、母に目撃され、なにしてるんだ、まじめに
    草取しろと叫ばれ中止せざろうありませんでした・・・
その2、大雨が突然降り、草取が中止になってしまったことを想像してみる。
    炎天下だったので単なる妄想でしかありませんでした。
    これにより、疲れがぐんと倍増します。
その3、作業をしながら無の境地に近づくことにより気がつくとが減っていることに
    期待してみる。
    雑念が多く、修行不足・・・・
今は、まじめにその3にチャレンジ中です。が開けたら、皆さんにご報告いたします。

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