田守村記念碑

今日は田守村で田植えをしていました。
そこでの話で田守村に記念碑があったら数百年後発掘されたりして
などと冗談をいいあって笑っていました。
田植えの帰り道のホームセンター。
冗談が現実になる田守村。庭石用の御影石(60cm×30cm)を750円で購入し、(田守村)
とコンクリートカッターで刻んで先ほど記念碑を作っておきました。
黒ペンキでなぞれば記念碑に見えてきました。
しかし、作ったはいいがどこに設置するか全く考えておりません。
よいアイデアがあったらお知らせ下さい。
次のイベントの時にテープカットと除幕式をする予定です。

自然のお茶。

我が家の研修生、奥塚さんが最近凝っているものが雑草茶作りです。
先日は、スギナを炒ったものと蒸したものを食後に飲んでみました。
お湯を注ぐ前の香りは私は干草の香りがしたのですが作った本人はお茶の香りだそうです。
農家で育った私は、草はウシの餌の為に草刈りをしてきたのでなんとなくお茶には
違和感があったのですが楽しそうな奥塚さんをみていると母と2人、妙においしく錯覚?
いや、感じてしまうのです。
翌日は、タラの芽茶でした。次第にエスカレートしていく彼女にブレーキはありません。
これは確実に美味しくはなくかじってみると草そのものでした。
明日は何茶が出るのか?
緑茶がこれほどうまいということをあらためて感じるのです。はやくおいしい雑草が見つかることを
祈るばかりです。

回復してきた祖父

今日、祖父に話しかけられ
何か手伝うことあるか?
しばらく沈黙の後、杖ついているようだけどだいじょうぶなの? 
杖をもっているほうが楽なんだ。
杖をもつようになったがまだまだ現役という気構えなのか言葉に凄みがある。
私は転落したことへの反省も踏まえ何を頼んだらいいか考えこんでしまった。
もう少し温かくなったら頼むよと言葉を濁しその場を回避したが怪我をされることを
考えると頭が痛い。
座って作業のできる草取りでも頼もうと思いついたが祖父の行動力は何から来るのか
全く不思議である。私もあと60年時間が過ぎたらこういった老人にはなれるのだろうか
とふと思う。
人生、行動できる範囲で精一杯の活動をしたい。身近にいる人を見習い田守村の活動を
私もしていきたいものである。

      

←おかげ様でここまで回復しました

八木山動物公園にて

先日、何とか時間を作って家族サービスをしに八木山動物園にいきました。
(家族サービスか自分が行きたいのかは少々問われるところですが・・・)
入って早々、私はもちろん、シジュウカラガン、ハクガンのところに釘づけになり
特徴や大きさ、仕草などメモをとりながら見学していました。
それがいけなかった・・・・・
子どもそっちのけで食い入るように見ていたので我が子の相手をしようと
分かる範囲でガンのお話をしてあげようと我が子を見ると
いない・・・・
レッサ-パンダのところにおりました。ガンのところに連れ戻そうとすると
雁きらい。
ガ―ン。私の雁の素晴らしさを伝えようとした好意が逆効果に・・・
帰りの車の中でハクガンの繁殖地の話に全く興味のない娘達の再教育を
たくらむのでした。
追伸・・呉地さんは私の気持ちを理解できますよね。
←動物公園の雁は人が近づいても
           まったく警戒心なしでした…

祖父との会話…内閣

先日、祖父とニュースを見ていると大臣の問題発言から国会が大変な
ことになっていると報道がありました。
祖父曰く(この間、馬鹿やろーといって解散した内閣があったよな)
俺・・・・・んーー。あ、白黒時代の話では・・・?何十年前のことだ。
祖父にとってはこの間なのか、少なくとも俺の生れるずーっと前のお話です。
タイタニックの沈んだ翌年生まれの祖父は、あと6年で100才。馬鹿やろー解散は
少なくとも祖父の生きてきた時代の流れから言えばついこの間なのでしょう。
時間の感覚は個人の感性によって違います。激動の戦時中を生き抜き、記憶
に生々しい傷を負った祖父にとっては昭和はついこの間なのです。昔を知らない
私にとって祖父と過ごす貴重な時間が実は圧縮された昭和の時代の記憶そのもの
のような気がしてなりません。
貴重な時間、今、を大切に生きていきたいものです。
息子と娘が細菌性の下痢にやられました。
         みなさんも気をつけましょう

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