剥製師に弟子入りしました

県内でもほとんどいなくなったであろう剥製師に
弟子入りが認められました。
私が10代のころからお付き合いがあったのですが職人
でもあり教えてくださいとは切り出せず十数年。
先日やっと切り出してみると(今まではみんな断ってきたが
お前はやる気があって続きそうだからやってみるか)
(ありがとうございます。)
職人肌であり創意工夫できた方、しかも動物の描写をとらえる為
野山で動物を観察してきた人。
長い年月をかけ技術を学びたいと考えています。
(まずは鶏からはじめなさい。)
んー、なるほど。
鶏を近所から頂き、明日から通う予定です。

私の食道楽とは?

今日、米山の道の駅で規格外のイチゴが1箱
800円で売っていたので2箱買ってかえりました。
私の人生で死ぬほどたくさん食べてみたいリストの中に
冬場のイチゴが入っていたためです。
もちろん夕ご飯はイチゴのみ・・・
確かに死ぬほど食べました。しかし、世の中に適量というものが
あることも実感しました。どんぶり2杯分のイチゴはやや苦痛でした。
主食がご飯なのも納得。イチゴが主食だったらきついな・・・・・・
おいしかったんだけど・・
その後、風邪に伴う腹痛が悪化し、トイレに何度か駆け込みました。
しかし
6月にはさくらんぼ狩りで死ぬほど食べたいリストからさくらんぼ
を削除しようと懲りずに考えています。(次は宇都宮のぎょうざ)
筋金入りの食道楽です。

なんとかすわれるイス

今日、昼休みの空き時間に廃棄しようとしていた
丸太を利用しチェーンソーでイスを作ってみました。
テレビではほんの数分で作っていたのでそのつもりで
切りはじめましたが、なかなか切れない・・・
刃を磨いていなかったことが原因だったのですが面倒くさかったので
無理やり切り刻み大まかな形をつくりあげ、仕上げはサンダ―で
削り込みました。
昼休み中で仕上げなければならなかったのですがやや時間オーバー
集中して磨き上げている後ろから(早く仕事しろ。)と母に怒鳴り込まれ
タイムオーバー。
少しの時間ではありましたが芸術家の気持ちを味わうことができました。
ちなみに作品名は(座るのを拒絶するイス)
岡本太郎の作品で似たような名前のイスがありますが私の場合、芸術性の
名前ではなく実用性から発想し名付けました。
追伸・・・なんとかすわれるいすではあります。

寒い…齋藤家大改革

寒い、風邪をひいてしまいました。
我が家は築20年。新築当時は、稲作バブリーだった頃で
それなりにお金をかけたみたいです。
仏閣神社を手がけていた建築会社が建てたので見た目は
それなりなのですが、お金をかけたところは仏間や床の間など
ほとんど使わない部屋ばかりで、2階の私達がいる部屋はできるだけ
安く仕上げた為に、部材が抜かれて冬寒く、夏暑い。
今の私達が建てるんだったら生活スペースを大切に考えるのですが
20年前の祖父の頃は、客人を迎えることが基本となっているようです。
祖父が客人に床の間の裏板が1枚うん万円と話していたことを小学生
の時に聞いていましたがその時私はくたびれた大変古い自転車で通学
しており裏板1枚と自転車の価格を比較して悲しんだことを覚えています。
これまで20年のあいだ床の間周辺の部屋を使ったのはたった数回の冠婚
葬祭のみで押入れには客人用の布団が十数組使われずに眠っています。
冬の間、使われなくなった農機具を毎日処分し続けてきて、寒い部屋で
毛糸の帽子を被って白い息を吐きながら寝る私は・・・・
ここ数年の内に齋藤家大改革を徳川吉宗なみにしなければならないと強く感じています。
まずは、寝る前は部屋をストーブで暖めるクセ付けをしようと思いスイッチぽん。
1時間経ちましたがまだ息が白いです・・・・

雁に関する収集

最近、雁についての文化的資料を集めています。
漆の塗り物、刀の鍔、コイン、浮世絵、絵葉書、陶磁器
掛け軸、絵画、切手、古書など
安土桃山時代から現代にかけて沢山の資料が存在し
その多さには驚かされます。
雁はその昔は日本人にとって身近な鳥であり季節感を重んじる
日本人としては重要な花鳥の対象だったのでしょう。
しかしながら・・・・
金銭を重んじる我が家では、お小遣いの範囲の収集に限られ
欲しいものは到底手が出ず、いつもネット上で閲覧しているばかりです。
今日も欲しい掛け軸が売れて行きました。
データのみを保存して楽しみます。

大型店舗オープンに思うこと

近隣のジャスコ南方店が移転し10月に別の場所にオープンします。
そこの近くのコンビニのわきの看板には工事が始まる前にはふくろうがたまに
とまっていました。
買い物の帰りなどによく目にしたものです。そこの周辺は全て田んぼでしたが
今ではショッピングセンターが出来ようとしています。
暗いところにあった看板も今では、しっかりライトに照らされ明るくなりました。
利便性や経済性の追求の裏にはその分だけ失うものもあります。
それを自分に置き換えた場合経済のみの追求ではなくしっかり生き物の住処を脅かさず持続的な
農業を行っているのかたまに考えてしまうのです。
今年は発展的に、冬水田んぼに雁の塒をとってもらういくつかの試みを施行します。
ふくろうからのメッセージを自分なりに受け止め持続的な塒利用を目指し頑張りたいものです。
(稲刈り)
おり返し地点の半分の稲刈りが終わりました。
これから冬水田んぼの稲刈りです。
年々増えていく草に減っていく収量。
まわりの先輩農家さんに冬の間にご指導を仰ぎます。

全国たらいこぎ選手権大会

お盆休みに行ってきました。全国たらいこぎ選手権大会。
秋田の増田で行われたのですが家族旅行を兼ねて家族でいきました。
計画通り、上位入賞は難しいと考え最初からパフォーマンス賞ねらいで御百姓さん
の格好で出場しました。イメージでいえばカールおじさんに蓑と笠をかぶせた格好といえば
分かりやすいかな・・・
口のまわりは炭を塗りたくりひげを付け、胸には米職人とシャツにマジックで書きました。
娘からは(お父さん恥ずかしいからやめて。)と嫌われ
返す言葉は(今日だけお父さんはカールおじさんになる、堪忍してくれ。)
やるきまんまんで開会式に臨みましたが仮装しているのは私だけで皆普通の格好でした。
目立つと同時にパフォーマンス賞は頂きと心の中でガッツポーズ。
しかし、目立ったのは出廷まででそれ以降は見向きもされません・・・・・(一番最初の出場でした。)
閉会式までうだるような暑さの中待ちましたが結局、団体戦の方が長くなり最初の私の記憶も暑さと共に
薄れてしまい入賞できなかった団体チームに残念賞と名を変えたパフォーマンス賞が渡ったのでした。
かなり前から計画しその日に望んだのですが残念な結果となってしまいました。
来年も上位入賞は最初から諦め、団体戦でパフォーマンス賞を狙いたいと堅く誓うのです。

友人の結婚式

都会ぎらいの私ですが明後日、学生時代の友人の結婚式に
行かなければなりません。
田んぼでの草刈りか東京へ行くか選択を迫られれば迷わず
草刈りを取ってしまうくらい苦手です。
10年前はそうでもなかったのですが完全に田舎の人になってしまったのです。
昨年、用事でやはり東京に行かなければならずしぶしぶ無理をしたおしゃれで出かけていったのです。
ニット帽子を被っていったはいいが街で被っている人もおらず、やや抵抗感を感じました。
戻ってきて2度びっくり、ナイキの帽子だと思っていたらそれに似たマークのヤンマーの帽子でした・・・・
根っからの農民です。
明後日はスーツで出かけます。

限られた時間の中で…

ここ数年、いろんな人と出会いお話し、いろんなことに
チャレンジしようとしてきました。しかし、あき時間がまったくない。
世間の皆さんがそうであるようにあいた時間にすればいいやなどと思って生きてきましたが
時間は空けようと思わなければだめなんですね。
昔は、何をすればいいか親の補助的な仕事だったので自由も少しはきいたのですが
学校行事や会議など意識せぬうちに社会的責任を帯びる用事も増え気が付けば
しようと思っていたことの2割もできていないような気がしてならないのです。
祖父が若い時にはいつか老人になるのだろうとたかをくくっていたらしいですが
気がつけばあっという間に90才になっていたそうです。
何を捨て、何に集中して物事を進めていくのか何十年という長期計画の中でしっかり考え
歩んでいきたいものです。
田んぼも人生も全く同じで手を抜いた分だけ実りが少ないという父の言葉が頭をよぎります。
30を越え本当の幸せは何ぞやなどと自問自答を繰り返し昨年よりもすばらしいたんぼに
しようとまずは、置かれた環境のなかで努力することに集中しています。

       

居残り雁

ここしばらくの間、トラクターで浅く半耕起しておりましたが
100羽近くのマガンがあちらへいったりこちらへきたり目に付きます。
居残り雁は毎年のようにいるのですがやや多いような気がします。
冬とは違い田んぼに多くの人が出ているので落ち着かないようです。
若鳥の集まりなので北へ帰るリーダー的な存在がいないのでしょう。
北帰する本能に期待したいところです。
餌場は若草が成長しはじめたところなので畔と農道で食べています。
桜の咲く頃に雁を見るのはややかわいそうな気がするのですが・・・
早く渡ってもらいたいですね。

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