2008年2月27日 (水)

剥製師に弟子入りしました

県内でもほとんどいなくなったであろう剥製師に
弟子入りが認められました。
私が10代のころからお付き合いがあったのですが職人
でもあり教えてくださいとは切り出せず十数年。
先日やっと切り出してみると(今まではみんな断ってきたが
お前はやる気があって続きそうだからやってみるか)
(ありがとうございます。)
職人肌であり創意工夫できた方、しかも動物の描写をとらえる為
野山で動物を観察してきた人。
長い年月をかけ技術を学びたいと考えています。
(まずは鶏からはじめなさい。)
んー、なるほど。
鶏を近所から頂き、明日から通う予定です。

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2008年2月16日 (土)

私の食道楽とは?

今日、米山の道の駅で規格外のイチゴが1箱
800円で売っていたので2箱買ってかえりました。
私の人生で死ぬほどたくさん食べてみたいリストの中に
冬場のイチゴが入っていたためです。
もちろん夕ご飯はイチゴのみ・・・
確かに死ぬほど食べました。しかし、世の中に適量というものが
あることも実感しました。どんぶり2杯分のイチゴはやや苦痛でした。
主食がご飯なのも納得。イチゴが主食だったらきついな・・・・・・
おいしかったんだけど・・
その後、風邪に伴う腹痛が悪化し、トイレに何度か駆け込みました。
しかし
6月にはさくらんぼ狩りで死ぬほど食べたいリストからさくらんぼ
を削除しようと懲りずに考えています。(次は宇都宮のぎょうざ)
筋金入りの食道楽です。

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2008年2月15日 (金)

なんとかすわれるイス

今日、昼休みの空き時間に廃棄しようとしていた
丸太を利用しチェーンソーでイスを作ってみました。
テレビではほんの数分で作っていたのでそのつもりで
切りはじめましたが、なかなか切れない・・・
刃を磨いていなかったことが原因だったのですが面倒くさかったので
無理やり切り刻み大まかな形をつくりあげ、仕上げはサンダ―で
削り込みました。
昼休み中で仕上げなければならなかったのですがやや時間オーバー
集中して磨き上げている後ろから(早く仕事しろ。)と母に怒鳴り込まれ
タイムオーバー。
少しの時間ではありましたが芸術家の気持ちを味わうことができました。
ちなみに作品名は(座るのを拒絶するイス)
岡本太郎の作品で似たような名前のイスがありますが私の場合、芸術性の
名前ではなく実用性から発想し名付けました。
追伸・・・なんとかすわれるいすではあります。

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2008年2月14日 (木)

寒い…齋藤家大改革

寒い、風邪をひいてしまいました。
我が家は築20年。新築当時は、稲作バブリーだった頃で
それなりにお金をかけたみたいです。
仏閣神社を手がけていた建築会社が建てたので見た目は
それなりなのですが、お金をかけたところは仏間や床の間など
ほとんど使わない部屋ばかりで、2階の私達がいる部屋はできるだけ
安く仕上げた為に、部材が抜かれて冬寒く、夏暑い。
今の私達が建てるんだったら生活スペースを大切に考えるのですが
20年前の祖父の頃は、客人を迎えることが基本となっているようです。
祖父が客人に床の間の裏板が1枚うん万円と話していたことを小学生
の時に聞いていましたがその時私はくたびれた大変古い自転車で通学
しており裏板1枚と自転車の価格を比較して悲しんだことを覚えています。
これまで20年のあいだ床の間周辺の部屋を使ったのはたった数回の冠婚
葬祭のみで押入れには客人用の布団が十数組使われずに眠っています。
冬の間、使われなくなった農機具を毎日処分し続けてきて、寒い部屋で
毛糸の帽子を被って白い息を吐きながら寝る私は・・・・
ここ数年の内に齋藤家大改革を徳川吉宗なみにしなければならないと強く感じています。
まずは、寝る前は部屋をストーブで暖めるクセ付けをしようと思いスイッチぽん。
1時間経ちましたがまだ息が白いです・・・・

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2008年2月 9日 (土)

雁に関する収集

最近、雁についての文化的資料を集めています。
漆の塗り物、刀の鍔、コイン、浮世絵、絵葉書、陶磁器
掛け軸、絵画、切手、古書など
安土桃山時代から現代にかけて沢山の資料が存在し
その多さには驚かされます。
雁はその昔は日本人にとって身近な鳥であり季節感を重んじる
日本人としては重要な花鳥の対象だったのでしょう。
しかしながら・・・・
金銭を重んじる我が家では、お小遣いの範囲の収集に限られ
欲しいものは到底手が出ず、いつもネット上で閲覧しているばかりです。
今日も欲しい掛け軸が売れて行きました。
データのみを保存して楽しみます。

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2007年10月 5日 (金)

大型店舗オープンに思うこと

近隣のジャスコ南方店が移転し10月に別の場所にオープンします。
そこの近くのコンビニのわきの看板には工事が始まる前にはふくろうがたまに
とまっていました。
買い物の帰りなどによく目にしたものです。そこの周辺は全て田んぼでしたが
今ではショッピングセンターが出来ようとしています。
暗いところにあった看板も今では、しっかりライトに照らされ明るくなりました。
利便性や経済性の追求の裏にはその分だけ失うものもあります。
それを自分に置き換えた場合経済のみの追求ではなくしっかり生き物の住処を脅かさず持続的な
農業を行っているのかたまに考えてしまうのです。
今年は発展的に、冬水田んぼに雁の塒をとってもらういくつかの試みを施行します。
ふくろうからのメッセージを自分なりに受け止め持続的な塒利用を目指し頑張りたいものです。
(稲刈り)
おり返し地点の半分の稲刈りが終わりました。
これから冬水田んぼの稲刈りです。
年々増えていく草に減っていく収量。
まわりの先輩農家さんに冬の間にご指導を仰ぎます。

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2007年8月24日 (金)

全国たらいこぎ選手権大会

お盆休みに行ってきました。全国たらいこぎ選手権大会。
秋田の増田で行われたのですが家族旅行を兼ねて家族でいきました。
計画通り、上位入賞は難しいと考え最初からパフォーマンス賞ねらいで御百姓さん
の格好で出場しました。イメージでいえばカールおじさんに蓑と笠をかぶせた格好といえば
分かりやすいかな・・・
口のまわりは炭を塗りたくりひげを付け、胸には米職人とシャツにマジックで書きました。
娘からは(お父さん恥ずかしいからやめて。)と嫌われ
返す言葉は(今日だけお父さんはカールおじさんになる、堪忍してくれ。)
やるきまんまんで開会式に臨みましたが仮装しているのは私だけで皆普通の格好でした。
目立つと同時にパフォーマンス賞は頂きと心の中でガッツポーズ。
しかし、目立ったのは出廷まででそれ以降は見向きもされません・・・・・(一番最初の出場でした。)
閉会式までうだるような暑さの中待ちましたが結局、団体戦の方が長くなり最初の私の記憶も暑さと共に
薄れてしまい入賞できなかった団体チームに残念賞と名を変えたパフォーマンス賞が渡ったのでした。
かなり前から計画しその日に望んだのですが残念な結果となってしまいました。
来年も上位入賞は最初から諦め、団体戦でパフォーマンス賞を狙いたいと堅く誓うのです。

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2007年7月27日 (金)

友人の結婚式

都会ぎらいの私ですが明後日、学生時代の友人の結婚式に
行かなければなりません。
田んぼでの草刈りか東京へ行くか選択を迫られれば迷わず
草刈りを取ってしまうくらい苦手です。
10年前はそうでもなかったのですが完全に田舎の人になってしまったのです。
昨年、用事でやはり東京に行かなければならずしぶしぶ無理をしたおしゃれで出かけていったのです。
ニット帽子を被っていったはいいが街で被っている人もおらず、やや抵抗感を感じました。
戻ってきて2度びっくり、ナイキの帽子だと思っていたらそれに似たマークのヤンマーの帽子でした・・・・
根っからの農民です。
明後日はスーツで出かけます。

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2007年4月25日 (水)

限られた時間の中で…

ここ数年、いろんな人と出会いお話し、いろんなことに
チャレンジしようとしてきました。しかし、あき時間がまったくない。
世間の皆さんがそうであるようにあいた時間にすればいいやなどと思って生きてきましたが
時間は空けようと思わなければだめなんですね。
昔は、何をすればいいか親の補助的な仕事だったので自由も少しはきいたのですが
学校行事や会議など意識せぬうちに社会的責任を帯びる用事も増え気が付けば
しようと思っていたことの2割もできていないような気がしてならないのです。
祖父が若い時にはいつか老人になるのだろうとたかをくくっていたらしいですが
気がつけばあっという間に90才になっていたそうです。
何を捨て、何に集中して物事を進めていくのか何十年という長期計画の中でしっかり考え
歩んでいきたいものです。
田んぼも人生も全く同じで手を抜いた分だけ実りが少ないという父の言葉が頭をよぎります。
30を越え本当の幸せは何ぞやなどと自問自答を繰り返し昨年よりもすばらしいたんぼに
しようとまずは、置かれた環境のなかで努力することに集中しています。

       

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2007年4月14日 (土)

居残り雁

ここしばらくの間、トラクターで浅く半耕起しておりましたが
100羽近くのマガンがあちらへいったりこちらへきたり目に付きます。
居残り雁は毎年のようにいるのですがやや多いような気がします。
冬とは違い田んぼに多くの人が出ているので落ち着かないようです。
若鳥の集まりなので北へ帰るリーダー的な存在がいないのでしょう。
北帰する本能に期待したいところです。
餌場は若草が成長しはじめたところなので畔と農道で食べています。
桜の咲く頃に雁を見るのはややかわいそうな気がするのですが・・・
早く渡ってもらいたいですね。

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2007年4月 7日 (土)

我が家のにわとり…

我が家でにわとりをつがいで飼いはじめて1年。
先日、オスを田守村のマスコットにしようと画策し田守村に放し飼いにして
数日、縄張り意識が強く、私もかなり攻撃されたので強いと思っていた矢先
狐に食べられてしまいました・・・・・残念。
残るメスは、自宅で飼っていたのですがなかなか卵を産んでくれない。
あーーーー、だめだな。我が家の鶏は、食ってしまえ。などと思っていたのですが
管理を奥塚さんにお願いした途端、毎日のように卵を産み始めました。
奥塚さんもクックではなく、こっこ、と名前を付け藁を敷くなど献身的な
世話に精を出しています。もちろん産んだ卵は彼女がしっかりと食べ農作業
の源になるのです。
しかし、何故、私の手元から離れた途端、卵をうみはじめるのでしょうか?
私には鶏の心理は読めませんが、以心伝心、卵を産まない鶏は食べてしまえと言う
私の心が読まれたのかもしれません。
鶏も新たなご主人様のもと安心して卵を産んでいるようです。
前主人の私としては複雑な心境です。
寿命の延びたこっこは安心です。
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2007年3月 1日 (木)

祖父の名言

祖父の名言
ダイエットのテレビを見ていて
毛はえ薬とやせる薬はまともな薬はない。毛はあきらめろ。
やせるなら働いて汗をかけ。昔は太っているやつは誰もいなかった。
なるほど、食糧難の時代だからそうなのだろう。しかし、テレビを見ていて
いきなりいうものだから驚いた。
贅沢三昧のこの頃、報道で感じる何かがあるのだろう。
薬や医者が少ない時代、祖父も娘を1人亡くしている。
たまにこういった番組や報道にぼそりと呟く言葉に重みがある。
祖父の呟きに耳を傾け、私もやせ薬がほしいと一瞬思ったが働いて田んぼでやせようと
深く反省するのである。
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2006年11月30日 (木)

祖父の退院

今日、祖父の退院でしたが担当医と家族の
面談がありました。
俺 (明日からでも作業場に行きたいと本人が言っていますが
   大丈夫でしょうか?)
医師 (別にかまいませんよ。)
俺 (えーー、そうなんですか?)
医師 (ご本人も病院にあきているようだし うんぬんかんぬん・・・)
私としては明日からあごで使われるのは嫌なので医師から祖父に現場に出ることを
制止してもらおうという魂胆でしたが逆にGOサインが出てしまいました。
しかも痛みを堪えて病室の中を歩き回る祖父に退院許可をあっさり出したのです。
帰りにどっさり痛み止めを渡されました・・・・明日からどうなるのでしょう。
もっと入院していた方が良かったのではないでしょうか?

今日はうちで静かに過ごしています。

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2006年11月27日 (月)

体内時計

祖父の様態
今日、御見舞いに行くとリクライニングのベットで
上半身を起こし新聞を読んでいました。今朝は
窓辺まで、裸足で歩いていき看護婦さんにスリッパを
履くよう注意されたようです。少しは歩けるようになり一安心
です。
体内時計
どうも最近、目覚めが早いようで目が覚めてしばらくするとガンの鳴き声
が響き渡り、我が家の上空をたくさんの雁が通過するのです。
今年は、かなり前向きに何度か密かに朝の飛び立ちを見に行ったのですが
それが原因らしく、完全に体内時計が狂ってしまいモダンタイムスならぬ
マガンタイムスになってしまい、機械いじりで仕事が夜間にずれ込んだ翌朝など
起きたくも無いのに目が朝の4時半頃にしっかり覚め、けだるい1日になってしまいます。
寝る時間も夜8時には眠くなってしまい、完全に老人型睡眠生活の典型になってしまいました。
健康的でいいとは思うのですが、プライベート的な事は何1つできなくなってしまい   
睡眠時間の体質改善をしなければならないようです。
毎朝、雁が上空を通過した頃、同じく布団から飛び立ち、階下の食卓へ舞い降り
採餌活動をおこなうのです。(まさに雁と同時刻に同じ行動をしているのです。)
私の就寝を家族はねぐらいりとよんでいます。

 ぴっちゃんも元気になってうれしいです

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2006年9月20日 (水)

夏祭り

昨日、伸萠集落の秋祭りがありました。
私も青年団の一員として準備から本番まで運営に
参加しておりました。
毎日の子ども達の踊りの夜間練習の付き合いその後
の飲み会、そこで語られる作柄の様子や農業機械の調子、
また、生育途中の反省点。様々なことが酒宴の場で盛り上がり
話し合われます。
先輩曰く、ふゆみずたんぼをする前は、田んぼの話も少なかったが始めてから
は田んぼの話がほとんどになった。
秋祭りには稲刈り前の豊作を祈って神楽などが舞われます。私達は、高付加価値
のお米を作れるようになって改めて自分のお米に自信を持ち、稲作について真剣に
向き合えるようになりました。
私も神楽の楽器を飛び入りで打ち鳴らすことができ神聖な気持ちで
神楽を神社に奉納することができました。
農村文化の復興がうたわれ久しいですが、農家自身がしっかりとしたプライドと
アイデンティティを持つことが出来れば地方文化は意識せず復興するんだと強く感じます。
ふゆみず田んぼに関わっている皆さんと伸萠集落の出会い、そしてそこから派生する
充実した農村の生活。私達は農民として多くのチャンスを与えられました。これからは
農家自身がそのチャンスを生かし個々の発展を成し遂げなければなりません。
秋祭りの余韻に浸り、様々なことを考えていた一日でした。
祈願、豊作。

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2006年9月15日 (金)

稲刈り前の片付け

稲刈り準備の為、現在作業小屋のかたずけに追われています。
なかでも大量のごみに悩まされています。
祖父や父は、ごみをほとんど出さずリサイクルでまかなってきました。
それが美徳でもあり大切なことでもあります。
しかし・・・何時使うか不明で数十年も小屋の中に放置してあれば
場所もとりものの置き場所がなくなってきます。捨てるかどうかそこで
価値観の変換をもとめられるわけです。
世代交代ということもあり、私の使いやすいように、また、祖父の価値観
を損なわぬよう慎重に廃棄するものを選ばなければなりません。しかし
1つのものに何度も話し合いを繰り返すようでは時間ばかり過ぎ、仕事が
前に進みません。
祖父のいない間に大量にトラックに積みあとで口頭で簡単に捨てるものの
確認をします。すると祖父も諦めがつくらしくすんなり承知してくれます。
祖父の気持ちが私にはいたいほどわかります。しかし、捨てずに蓄えていく
一方では、デットストックとなりマイナス効果のほうが大きくなってしまうのです。
適度に廃棄と蓄えを循環させ本当に利用できるところのみストックしなければ
効率のよい農業経営には結びつきません。
私もあまりものを捨てられないたちなので価値観の変換作業が実はたいへんでした。
今後も悩み物がたくさんあるようです。がんばらなければなりません。

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2006年9月10日 (日)

父が亡くなって思う事

どうも最近、昔と違い様々な用事が増えて農作業が予定通り進まない。
思い起こせば父が亡くなってから冠婚葬祭や集落の集まりなど家の
代表としていかなければならないことが増えただけのことなのですが・・・
父が健在だった頃は、私も少しは余裕があったように思うしそれ以上に
一人前だと当たり前に思っていたものです。しかし、今思えばまだまだ
半人前で、集落の集まりでしっかり認められるようになってやっと最近
なんとか父に近づくことが出来たのかなと思えるようになりました。
農作業をこなしながらいろんな用事をこなしていく誰でも当たり前に
していることなのですがその難しさに直面し、それを乗り越えたとき
また一歩大人に近づく、そんな気がするのです。
私はどうも農作業が遅れぎみでまだまだ半人前を自覚しています。
いろんな意味ではやく成長したいものです。

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2006年9月 9日 (土)

おじいさんの弟の葬儀にて

先日、祖父の弟さんが亡くなり今日、線香を付けに祖父と
いってきました。祖父は、悲しさの中にも周囲の親族の長生きしてね
の声かけに嬉しそうにこたえていました。
叔父さん最近なにしているの?と、かなり多くの人に質問されていましたが
田守村2号棟建築の話と落成式で皆がきてくれて嬉しかったこと、など
同じことを聞かれるたびに丁寧にはなしていました。
帰りの車の中では次の仕事を何すればいいのか?と私に質問も
してきました。
祖父は、90才を超え、たよりにされる喜びをかみしめながら静かに人生を
歩んでいます。その喜びは来てくださる皆さんの笑顔や落成式に祖父に
送られたありがとうの感謝の言葉に毎日の仕事の生きがいを感じているようです。
田守村と祖父の関係は今後の高齢化社会の良い参考となるのではないでしょうか?
今後も老人パワーを発揮してがんばって欲しいものです。
ちなみに夏の作業のリサイクルビニールハウスが完成し現在、崖の土止め作業に汗をながしている
ようです。

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2006年8月19日 (土)

祖父の寝ている姿

最近、祖父の寝ている姿にドキッとします。
やはり、93才という高齢を考えると暑い中での作業で倒れていないか
心配でお昼休みに様子を見に行きます。2号棟で昼寝をして
いるのを確認すると、まずは一安心です。
しかし、たまに目が半開きで口がやや開いていたりするとまさか・・・・
などと縁起でもないことを頭によぎり、声を掛けたりするのです。
しかし、起こされた本人は、ややご立腹で睡眠を邪魔されたことに
腹を立て私につっかかってきます。
そこで、最近、その確認法として編み出した技?が呼吸をしているかどうか
おなかを見るようにしています。おなかが呼吸に合わせて動いていれば声を掛けず
立ち去ります。もちろん動かなかったら怖いですが・・・
健康そうにしていても老人ですからいつ、体調を崩すかわかりません。そこには家族としての
温かい気配りと日々の健康管理の努力があるのです。
祖父には、田守村の大老として長く、頑張ってほしいと願う一方、無茶をせず
年齢にあった老人でいてほしいと思うところもあります。
田守村設立当初から急に若返り、大工として腕を振るうようになりある意味人間の限界に
挑戦しているようなところも出始め、やたら生き生きしすぎて怖いくらいです。
そんな祖父の青春的老後が私にとってはうらやましく目標だったりするのです。

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2006年8月16日 (水)

キャンプ

今日まで、3泊4日で子ども達とキャンプをしてきました。
三陸方面2泊と秋田県南の栗駒周辺です。
帰ってきての感想は、農作業以上の疲労感・・・
子ども達はいきいき遊んでいるのですが、長時間の運転に
テント設営、ご飯作り等々。
なれないことの大変さ。
主婦はえらい。とご飯をつくり感心したり、長距離ドライバーって
眠さとの戦いだ。と考えてみたり見えない部分の労働が遊びの
キャンプからみえてくるのです。
人の立場に立って考えなさいと幼少の頃は言われたものですが
体験して初めて見えてくるものなのです。
便利さの裏にはそれを支える多くの労働者がいることに
夜のランプの明かりを見つめ思いを馳せてきました。
ちなみに運転中は、田んぼをみると気になっていもち病うんぬん
などと考えてしまうので見ないように努力しています。
キャンプに集中したいですからね。

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2006年7月31日 (月)

地区の親子旅行にて

今日は地区の親子旅行で海に行ってきました。
なかなか子どもと面と向かって付き合うことの少ない私にとって
子どもとべったり過ごす時間は大変貴重です。
海水浴場では、何故海に入らない?と周囲の親から強いプレッシャーを浴びましたが
数日前のおぼれたトラウマからとは言えず朝草刈りをしてきて体調が悪い
ということにしました。(もちろんうそです・・・)
しかし、子どもがその真実を言いふらし、しかも見ていないくせにリアルに
その情景を話したもんだから出荷したお米のように溺れた農夫のレッテル
が私にしっかり貼られ溺れた産地まで情報公開するはめになったのです。
娘の笑顔に私もお父さんの立場を考えて、ともいえず、笑って流すのです。
娘との会話で強く感じたこと。
地区との交流、子ども、全てにおいて亡くなった父との記憶をよみがえらせ
その当時の気持ちを農夫として理解することができ、自宅に帰ってストレートに
父に伝えたかったと帰りのバスで考えていました。幼かった頃の記憶と娘の成長
長生きさえしていればそれでいいとはじめて感じたこと。
全てにおいて経験したことの無い、私の父と入れ替わったような懐かしい
ノスタルジックな体験でした。家族への思いが深まったすばらしい1日が私
にとって明日への糧となりそうです。

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2006年7月28日 (金)

いもち防除

イモチ病が田守村の田んぼに出始めました。
たまの晴れ間に動噴機を背負い田んぼをよっちら歩いています。
一雨でかなり広がるので梅雨明けが待ち遠しいです。
動噴機はもちろん重く、雨上がりの田んぼでは汗とズボンにつく
草の水滴でびしょぬれです。私は最近、そういった辛く感じる仕事を
やり過ごす為、今置かれている自分の状況を別世界に置きかえるのです。
動噴機は、ザックで今自分は雨上がりのジャングルを探検している探検家。
畔にいる蛇は大蛇で、ウシカエルは、ワニ。
そして母は、首狩族の・・・・・
想像力豊かに探検しいると母に(もっとゆっくり歩け)などとどやされ現実に
引き戻されます。
最近は、辛い仕事の回避法というよりも妄想癖に近いものがあり自分なりにヤバイかも
などと思いつつ、母と喧嘩の後などは、黒木瞳が母だったらなどと馬鹿なことを
頭によぎり我にすぐ戻るのです。

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2006年7月27日 (木)

海水浴にて

今日、午前中いっぱいで減反の草刈りを終わらせ、
午後からなかなか出来ない家族サービスをしに子ども達と海水浴に
行ってきました。
子ども達にいいところをみせようと
(おとうさん、向こうのブイまで泳ぐからよく見ててね。)
といい、かっこよくクロールで沖に泳ぎ始めました。
はじめの頃は調子も良かったのですが次第に息が切れブイにつく頃には
限界でした。
かし・・・・休もうと思ったらロープが無い・・・・
は、は、は、・・
我が家の犬が餌を求めているときのような息が切れる状態で
急いで岸を目指して逆戻り。
途中で息が出来なくなり、急いで仰向けになり背泳ぎで何度も陸を
確認しながら岸を目指しました。このとき始めてことわざの(藁もつかむ思い)
を32才にして経験しました。近くの小学生の浮き輪にこれほどつかみたかった
ことはありません。しかも、小学生は、じたばたしている私の横を笑顔で横切り向こうに行ってしまいました。
やっとの思いで岸に這い上がり小学生に集目される中、何事も無かったように
その場を立ち去ったのです。
この3分後私の思ったことは、農業で体を鍛えているからと言って体力を甘く見てはいけない。
災害でまず怪我をするのは私のようなタイプの人間であるということ、
そして、塩水を飲んで思い出したのが今朝、鶏に水を与えてやらなかったこと
家に戻りすぐに水を与えました。
鶏のテレパシーが私をこんな目に合わせたのではないかと車の中で頭をよぎり
もっと大切にしようと心に誓うのです。
そして、私の勇姿?を水遊びで家族が見ていなかったことを後で知り、
(お父さんをもっと大切にしろ)と心の中で叫ぶのです。
明日、朝起きたら、まず、鶏に優しく語りかけ、水をたっぷりあげようとおもいます。

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2006年7月23日 (日)

農村に思う

今日、NHKでワーキングプアについて放送していました。
働く意欲があり、もしくは忙しく働いているが収入に結びつかない
ひとたちのこと。
事例に挙げられていた秋田の農家の現状は、多分にもれず、
我が家にも当てはまり、有機栽培により辛うじて減収は食い止められた
ような気もしますが、労働時間の大幅な拡大は華々しい環境保全祭り
の裏の厳しさを考えます。
本当の貧困の厳しさを知っている祖父は、今日も古材でビニールハウスの
骨組みを組み上げ当時と変わらぬ哲学を貫き、別の田んぼで私は価格
の高い有機栽培米の稗を抜くのです。
農村地域に暮らす私達は、品質の高い米、をスローガンに掲げながら
環境保全米という高いお米を作り、旧町内のかたにおいては、元農家
でありながらお米さえ満足に食べれない人がいることを聞いたことがあります。
私は自分自身の米作りのコンセプトとして(公に還元できる米作り)
と言うのを常に考えていました。しかし、固定費のことを考えると米価を
さげることも出来ず結局は、富裕層の為の米作りではないか?
などと農作業をしながらたまに自分を責めるのです。
環境に優しいことをしている。だから有機栽培農家はすばらしい
と様々な場所でちやほやされ笑顔になっている私の内面は
農民としての経験が長くなるほど冷徹に自分を否定しています。
そこで、何ができるか?
自分にできることを常に考えながら農を営み、有機栽培により
多くの人にめぐり会う機会に恵まれました。
田守村は私にとって社会にいかに農業を還元できるか?という
チァレンジのフィールドなのです。多くの人と語り合い、小さな
仕組みをいくつも作り上げ、その中から成功できそうなものを
大きく展開する。何も大義名分も必要ありません。出来ることから
あき時間にこつこつ積み上げて活動すればいいのです。
田守村に来てくださる皆さんと今後も長く活動できることを私は強く望みます。

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バイクの修理

ここ2日機械いじりをしていますが奥が深いです。
今回初めてエンジン部分をばらしたのですが
改めて各部の名称や働きを友人に説明されながら
触っていたのですが発明した人の努力や苦労が
伝わってきます。
有機栽培をして常に草がでない方法を探している
私は、様々な草の出なさそうな小さい実験を田んぼで繰り返します。
その苦労の積み重ねと小型バイクのエンジン構造のなるほどこうなんだ。
という部分が自分のしていることと重なり、直接エンジンを触ることで
ダイレクトに開発者の気持ちが伝わる感じがするのです。
あれほど小さいバイクのエンジンですが今日の私にとっては大変存在感が
ありました。
ちなみに祖父がオイル切れのままバイクに乗りエンジンをこがしてしまい、
(壊れたからなおせっちゃや)の一言の指令でバイクをいじり始めましたが
(早く直せ)とせっつかれ少々私がオイル切れのようです。お粗末。

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2006年7月22日 (土)

雨男は君だ!!

今日、1日中雨が降り続いていたので農機具修理
を友人としていました。
そこで小さな小競り合いが・・・
誰が雨男か?
(お前とツーリングに行くと雨が降る。)【いいや、他の人と行ったときには晴れた】
などと他愛もないことをはなしていました。
しかし、よく考えると、彼とスキーに行くと吹雪いたり、泊まりのキャンプに行くと
集中豪雨にあい、その帰りに地震で渋滞に巻きこまれるなどまともなことが無かったことも事実。
しかし、彼には言わなかったが高校時代に山岳部に所属していた私の
山行の降水確率を当時計算したところ76パーセントとぐんをぬいていた。
私が雨男だ-ー。と心の中で小さく叫びながら、口ではお前が雨男だと大きな声で
はっきり友人に叫んでいるのです。
ちなみにイベントにおける田守村のキングオブ雨男は私ではなく・・・・・・・さんだと
思われるのですが。いかがですか?

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2006年7月21日 (金)

マムシ捕獲命令

先日、母が田んぼでマムシを見たと大騒ぎをしていました。
今日、私に指令が下りました。
危険だから捕獲しなさい。【我が家の絶対君主】
えーー。俺が危険だっつーの。
恐る恐る減反田の奥へいってみると言われた場所から
近いところで尻尾が見えました。
「あーーーーーー。」
叫びと共に消えうせましたがとりあえず母へ報告。
明日、捕獲しなさい。【2度目の絶対君主】
んーー。命令を下す母の私への普段の思いやりの加減を推し量る
ことができず考えこんでしまいます。
明日は、完全防備で対決しようと今晩は、爬虫類の図鑑を枕元に
置き、習性を学習しながら眠りにつきます。かまれたら病院へ連絡できるように
一応、携帯のメモリーに加えておきました。
巌流島で小次郎と戦う武蔵の心境か、はたまた、コブラと戦うマングースの
心境か?前者の方がカッコいいような気がしますが多分私は後者なのでしょう。

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2006年7月19日 (水)

仙台散策にて…グッチ

先日、用事があり、仙台にいってきました。
たまたま時間が空いたのでアーケード街を中心に散策すると
高級ブランドのグッチのお店がありました。
朝方田んぼで草取りをしていた私は数時間前の私とグッチの
前に立っている私にどうも落差というか違和感というか何とも言えぬ
抵抗感を感じ入店を躊躇していました。
家内の強い希望もあり、入店をしたものの店員に
何をお探しですか?と早々に尋ねられてしまいました。
(えーとー・・・・・・・・・・・)
欲しいのは、ヤンマーのコンバインなのだがここは農協じゃないんだ。(心の中で)
(紳士物の財布ですかね。)と濁しながら答えると五万円からあるという。
五万円なら動噴機と変わらぬ値段。などと全て農機具と結び付けてしまい
頭の中がぐるぐるしてしまいました。
店を出て、歩きながら考えていましたが私は何時から頭の中がこんな構造
になったのでしょう。学生時代は、メーカーもののアウトドア商品を探しに
札幌を歩き回ったものですが、10年たって口をつくメーカーはヤンマー
イセキ、三菱、共立・・・・すっかり農家的脳内構造が気づかぬうちに
構築されていたようです。
ちなみに私の財布は、地元ホームセンター、Kメリで買った980円の財布です。
追伸・・グッチでは財布をケースから出され手に取るように進められましたが
    これ1つで私の財布が50個買えると思うと触るのをやめました。

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2006年7月17日 (月)

蓑と笠

最近、除草中に、にわか雨がぱらぱら降って
くることが多くなりました。かまわず働いていると
風邪をひくことがあります。
一時、自宅に避難すると93歳の祖父に蓑と笠を被れといわれます。
時代錯誤もいいところだ。と思われますが、案外話を聞くといいらしい
のです。
現在では、雨具と言えばカッパですが作業中に蒸れてしまい結局ぬれてしまいます。
しかし、蓑は、晴れていれば日よけになり雨が降っていれば雨避け
になりオールグランドで使用できるのです。
けれど・・・・・・・・けれどです。
現在、田舎暮らしの私ですが、今だに蓑と笠を身につけて農作業をしている人を
見たことがありません。つまり、目をひくと言うこと、具体的に言えばはずかしい・・・・
着て作業してみたいようで、ちょっとはずかしいようで、来年踏ん切りがつけばチャレンジ
してみようとおもいます。

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2006年7月14日 (金)

ちよっと小休止

今日は久しぶりの雨に農作業を休み1日読書
をしていました。カッパを着て作業しようか一瞬悩みましたが
夏風邪をひいていることもありあっさり自分を納得させました・・・
母には部屋の掃除が溜まっていると言ったのですがしっかり
本を読んでいるところを確認されてしまった。
(仕事しろ。と たまにはやすませろ。の小競り合いもあり、気分がちょっとへこみましたが)
いつもは寝る前にうとうとしながら読む本も1日あると熱中して読めるもので
学生時代の気分を思い出しました。
学生の頃は有り余る時間をいかに過ごすか持て余したものですが
有機栽培農家となった今では、時間的な制約に加え体の疲れ具合と
仕事内容をしっかり管理しなければ仕事になりません。知らないうちに
そういったことも考えるようになりました。学生時代の緩やかな時間の流れは
そのときにしか味わえないものなのです。
今しか出来ないこと、今だからこそ出来ること、精一杯、今日しか出来ないことを
密度濃く過ごしてみたいと窓越しに降る雨を見つめながら本を片手に思っていました。
有機栽培は大変ですが、人生を精一杯過ごすことの出来る幸せをたまに過ごす雨の
読書で強く感じるのです.たまに休みもいいですね。

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環境保全を思う

最近、サギのカウントをはじめました。
K地さんに影響された側面ももちろんありますが
どうも最近、田んぼのお話をたまに頼まれてするようになると
正直、口をついてしまうのが農家としてのきれいごと
と本当に自然を守っているの?という自分自身の
日常的な感情です。
無農薬イコール自然保護という単純な図式が
自分の中で結びつかないのです。
現場にいるからこそ、そのように思うのかも知れませんが
無農薬のお米を作ることが先生方のいう環境保全という高尚な
オブラートに包まれ美化されるとどうも、毎日泥だらけになり
必死になって仕事としてのみ忙しく取り組んでいる私としては
しっくりこないのです。
環境に配慮した米作りという理想を常に考えているわけでもなく
たまに頼まれた田んぼの案内などで、口にする言葉と普段
そこまで環境保全について考えているのか?という自問自答もあるのです。
で、どうしよう・・・
行動ありきで、暫くは田んぼにやってくるサギをカウントしながら
考えよう思います。
3年も環境保全を唱えていたら疑問や壁にあたります。
これを乗り越えられると一回り大きくなった農夫になることができるのでしょう。
明日もはりきってカウントです。

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2006年7月12日 (水)

片足のウシガエル

今日は、田守村の草刈りをしておりました。
いつもの如く、修行僧になりきって疲れを感じない
無の境地を探求していたのですが、田んぼの中をばしゃばしゃ
大きな音をたてて逃げる塊があります。
草刈り機械を止めその塊を田んぼの中で追いました。
(その正体が気になって仕方がなく、咄嗟の判断でした・・・)
ズボンは濡れ、転びそうでしたがその塊を手で押さえるとなんと
ウシガエル・・しかも片足が無く完全に治癒した跡がありました。
多分、私が昨年、間違って草刈り機械で傷付けてしまったのでしょう。
カエルの学習効果で危険を感じ、おもいっきり逃げたのだと思われます。
今年もつかまるとは不幸なカエル・・・・しかし、思いっきり手をすり抜けて
全速力で逃げていきました。
確かに逆の立場になったら必死で逃げるだろうな。とおもいつつ
カエルの危機管理能力の高さと生命力の強さに感心します。
また、来年あえるでしょうか?私は会いたいのですがカエルは
2度と会いたくないでしょう。
片足カエルに野武士の力強さを感じます。

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2006年7月11日 (火)

おじいさん…

おじいさん動きはじめる。
今日、祖父に朝一番に声をかけられ畑の草取りが終わったので田守村へいくから弁当作れといわれる。
雨なのに・・・・
そう、祖父は、稀に何か別のことを思いついたかのように行動パターンがいきなり変わる。本部建設の朝もそうだった。93歳の高齢にもかかわらず健康そのもの。世界大戦時のことを質問すると1次大戦のことを話し始める私達の知らない長い歴史に裏打ちされた経験がそうさせるらしい・・・・
私は祖父がこれから何をしようとしているのかわからない?質問しても答えない。それは祖父にしかわからない。
ちなみに今日は本部の裏の掃除をしていたらしい・・・
何をするか答えるといろんな事を言われるので隠している.今日そんなことをぼそりといった。何をしようとしているのか、聞きたかっただけなのに・・・なにを企んでいるのか?気になってしかたがない・・・

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2006年7月10日 (月)

マッサージチェア

昨日、ジャスコから注文した品が届きました。
その名もマッサージチェア
草取の合間に、家族でジャスコにいったときのこと、
子ども達が遊んでいるときにその魅惑的なイスに腰を
下ろしました。
オー、マイ、ゴッド すばらしい。言葉では表現できない快感。
私は、翌日からへいってもマッサージチェアのことしか
考えられなくなりました。しかし、値段が高い。広告もジャスコの
マッサージチェアを無意識に探しています。
家内に内緒で、3度もジャスコに座りにいきました。
とうとう、3度目で注文し、昨日の配達となったわけです。
使う前には、バスクリン【ゆずの香り】入りのお湯に入り身を清め、ダイソーから買った
クラシックを聞きながら腰をかけました。最高にきもちいい。それから今日も同じ事をしています。
田んぼの草取りは確かにつらいです。しかし、小市民的な楽しみが出来たのも
事実です。昔、自分の田んぼに生き物が増えていったときの楽しさをおもいだしました。
最近は、生き物慣れしたせいか、見えてきたものが見えなくなった感じがします。
実は、このマッサージチェア購入の楽しさから話がふくらみ、母ともう一度、生き物をじっくり
みようと話しが盛り上がりました。
ひょうたんからこま、マッサージチェアから話が弾み、生き物へ結びつく、これもふゆみずたんぼの
なせる技なのでしょうか?不思議です?

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2006年6月25日 (日)

ウガンダで得た友

オーナーの嫁です。今日は、田守村の仲間について書きます。

ふきえさん田守村に1時間半以上かけて杜の都からやってくる、自然・とくに鳥関係をこよなく愛するマダムです。くわしい年齢は控えますが、還暦までカウントダウンを迎えるうちのおかあさんと近い年齢にして背は高く、姿勢もよく歩く姿もさっそうとして実にかっこいい。話によると、水泳をやっていたらしい…Eちゃんと同様、田守村に自分の畑を持っており、田守村の良き仲間であり小作人の1人です。(小作人制度については後日書く事として)

そういうふきえさんがどうして田守村に来るようになったかというと、話は昨年の11月に遡ります。我が家が稲の無農薬栽培を始めた理由と深く関係するのですが、我が家の無農薬米は別名「冬水田んぼ米」と言います(栽培される地域による)。我が家の本拠地にある田んぼはそもそも蕪栗沼という「雁が日本一飛来する沼」を干拓して出来たものですが、沼(湿地帯がある)の保存と田んぼの問題、それらを同時に守る手段として選ばれた「ラムサール条約」調印と町の「冬季湛水」事業(現在はNPOに移行)があり、我が蕪栗は昨年の11月アフリカのウガンダで「ラムサール条約」に登録されました。その調印式に地元の農家代表として出席したうちのおかあさん。そのウガンダでふきえさんと出会ったのです。

ふきえさんも我が地元のNPO関係でのウガンダでしたが、おかあさんと顔を合わせたのはこの時が初めて。すぐに仲良くなり、毎日のようにメールを交わす仲となりました。今では田守村の仲間として交流しています。

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2006年5月25日 (木)

人的資源の枯渇

最近、老いについて考えるようになりました・・・
いきなり何?と思うでしょうが、60才近くになる母が
作業についていけなくなりつつあるような気がします。
有機栽培をはじめるようになり作業内容が繁雑化し
作業効率が低下し慣行栽培のような順調な準備が
難しくなったことがその一因にあります。
ありがたいことに手伝ってくれる人がいるからこそ何
とか作業は進んでいますが今年は1人田植えの日数が多くなり
大幅に作業が遅れています。将来に対し今年は大きな
不安を感じました。
(収入面から考えると有機栽培を止められないのも事実です。)
私個人がこういったことをかんじているのでしょうか?伸萠地区の
有機栽培農家の方でもこういったことを考えている方は多いのでは
ないでしょうか?
冬水田んぼの環境面のみがクローズアップされている昨今、
人的資源の枯渇といった持続性における根本的な課題が
無視されているのはなぜでしょう?
環境面の効果だけを探して掘り下げていくのではなく、現場の空気や水
また、農家の汗を体験し、私達が直面している本質的な問題に目を
向けてもらいたいものです。
日本のどの農村でも抱えている問題を環境面と同等にしっかり考えていくこと
できればふゆみずたんぼの真の成功が見えてくるのではないでしょうか?
環境保全米の裏には農家の苦悩があるのです。

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2006年5月 8日 (月)

田んぼに舞い降りたケリ

今日、代掻き準備の為、田んぼへいってみると
ケリの営巣地点から100メートル離れた畔の上で
翼の折れたケリが1羽うろうろしていました。
保護しようかと一瞬迷いましたが、私達が管理している
田んぼであってもある意味、野生のフィールドであることは
間違いありません。自然の成り行きに任せることにしました。
1つ心に引っかかることは、営巣地にある卵です。
彼らの親でなければと願っています。
ふゆみずたんぼをするようになり、私なりに自然への価値観
が変わってきたように思います。昔から受け継いできた人間の
営みと寄り添うように生きてきた生き物。その中で繰り広げられる
食物連鎖の一端にどこまで私達が介入できるのか?ただやさしさ
だけではない厳しいまでの倫理観と哲学がふゆみずたんぼの根底
にあるような気がしてなりません。かわいそうだから保護してあげればいい。
ふゆみずたんぼの作業の辛さをしれば知るほど優しさだけではない
厳しさの中にある自然がどうあるべきか少しは理解できるような
気がするのです。
((現在の田守村))
祖父、正二が田守村本部前にある作業小屋の屋根のペンキを
塗りはじめました。
危ないからやめてくれ、落ちたらどうする・・・という家族の静止をふりきり
1人バイクに跨りペンキを買って勝手に塗り始めています。
危険だと今日、再度確認したところ(老人扱いするな。)と93歳にもなって
豪語するので暫くの間、温かく見守ることにしました。
元気過ぎる老人に脱帽です。

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2006年5月 6日 (土)

春作業に向けて

そろそろ春作業に入ってきました。
今頃になってくると冬の間抱いていた、春になったら
あれもしよう、これもしようという理想から覚め、
現実的に体力と時間の許す範囲で、
何をすべきか、優先順位の中で春作業のプログラムが
組まれます。
張りきりすぎると翌日は、ダウンしてしまうことがあり、
1日分の体力は、決まっているので、上手い具合に仕事の配分
をしないと肉体的にきつい仕事が数日に集中してしまい、
1人では、どうしようもないことになってしまうことがあります。
自分の体力をしっかり把握し、春作業のきつい仕事をやりこなす。
そういう人が私のめざす、農家としての目標ですかね・・・・
ちなみに、私は、張りきりすぎてダウンするタイプ

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2006年4月27日 (木)

トラクターに鳥

ひさしぶりに日記をかきます。
今日、トラクターに乗っていると、田起こしをした
所の虫を食べに、けりが近づいてきました。
その距離、2メートル。
近さにも驚きですが、かわいい・・・
人間には警戒するのですがトラクターは、何か別の
生き物のように思って危害がないと安心しているのでしょう。
コウノトリと牛の写真を思い出していましたが、トラクター
を牛だと思っているのか、けりの近さには驚きです.
時代が変わり耕起する動物が機械に変わったとしても
鳥の目には、トラクターが餌を提供してくれる友好的な動物に
みえるのでしょう。昔からある農家と鳥の共存スタイルも
十数年たてば少しづつ変化してくるのでしょうね。

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2006年2月 3日 (金)

ふゆみずたんぼの歌

今日、ふゆみずたんぼの歌を子守唄にと
息子に聞かせました。そしたら何故か大泣き・・・・
偶然かと思い落ち着いてから聞かせたらまた大泣き。
家内に叱られました。
私は、メロディーが好きなので、息子が気に入るまで
根気強く聞かせようと思っています。何せ、私達農家
の魂のうたなので、息子にも気に入って欲しいものです。
ねぐら情報
今日、早朝、萱刈橋下下流三〇メートル付近でマガン六羽が
背眠していました。昨日夜間も確認したのでねぐらを取ったと思われます。
河川での確認は、はじめてです。
今日、夜間、12時45分、白鳥、マガンの声を大変近くに聞くことが
できました。夕方、数千単位での飛来が冬水田んぼに見られたので
ねぐらをとった可能性が高いかと思われます。
月がなく曇っていたのでナイトスコープは使えませんでした。
スコープでは、やや厳しかったです。
急募
明日、夜間調査します。条件がそろった感があるので歩いて
調査しませんか?

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2006年1月 5日 (木)

TV放送決定

北海道スペシャルで取材をうけましたが今度全国放送されることに
決まったとメールが入りましたので連絡致します。
1月15日(日) NHK総合テレビ 午前10時05分から、
「NHKネットワーク54」 と言う枠の中で放送されます。

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2006年1月 4日 (水)

息子の名づけ

子が誕生してから正月らしくない正月を過ごし
おとといやっと退院してきました。
家族会議を何度も開き名前を考えたのですが
意見がばらばらで収集が付かず名前が決まらない。
さすがにみんな名前で呼びたいので正月は名前会議
で過ごしました。
やはり私としてはふゆみずたんぼや蕪栗沼に少しでも関連をと・・・・・
雁が雄大にふゆみずたんぼや蕪栗沼に飛来するイメージで呼びやすく親しみのある名前。
       「翔太」
と名づけました。私としては、これから皆さんと多くの交流をしていく中で
息子にもそれなりの経験を共に積んで人間として深みのある人生を
送って欲しいと願っています。
誕生の朝、名前が思いつかず蕪栗沼へ飛び立ちを見に行って感動した
ことが忘れられぬ想い出になりそうです。(パンクもいい想い出です・

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2005年12月28日 (水)

息子誕生

昨日、私に三人目の待望のあかちゃんが誕生しました。
3050グラムの男の子です。
当日の朝、なかなか眠れなかったので雁の飛び立ち
を見に行って感動して出産に備えようとしたのですが
帰りにパンクしてしまい、雪の中のタイヤ交換では、ボルト
を紛失し、修理屋に来てもらい、やっと帰ってくることが
できました。
当日の朝、父親が失踪したと家内が憤慨し、とても大変な
一日の始りでした・・・
ドラマチックな一日を自分なりに演出しようとしたのですが
家内に逃亡したと思われたようです。
とてもかわいい、元気な男の子です。これから一緒に過ごす毎日が楽しみです。

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2005年12月15日 (木)

冬水田んぼの漏水チェック

今日たんぼに出てみると三人ほどが
ふゆみずたんぼの漏水チェックにでていました。
私の田んぼの周辺も例に漏れずザリガニが
冬眠から目覚め畔に穴をあけ、あちこちから水が漏れていました。
周辺水田に迷惑はかけれないので側溝をさらに深掘りしたり
穴ふさぎに懸命でしたが気がつくともう夕暮れ時。時間がたつのがこんなにはやいとは・・・
側溝を掘るときにいつも疲れきって畔に腰掛けねぐらいりする雁に話し掛けるのですが
今回もいつものごとく独り言をいっています。
「我々がこれほど苦労して作ってやるねぐらにお前ら雁は、
どれだけ使ってくれるのか?」
上空を飛び去る雁に上を見ながらぶつぶつ、つぶやきまたスコップを握ります。

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2005年12月 2日 (金)

祖父の緊急入院

昨日、祖父が緊急入院しました。
2号棟建築中、くわえていた釘を飲みこんでしまい、誰もいなかったので歩いて
病院へ行ったそうです。病院から私の携帯電話に連絡が入り急いで駆けつけましたが
本人はケロンとしていました。その病院では対処できないので転院しま
したが、釘は再生釘なのでさびて容易に磁石にくっつき取ることができたそうです。
用心をして一泊の入院でしたが私の帰り際に祖父から一言、
帰りに釘を買ってきてくれ、無くなってしまった。俺は病人ではない明日仕事をしなくては・・・・
そういった祖父の言葉も医者には受け入れられず、しばらくの安静を
つげられたのです。
翌日の夕方、病院から帰ってきて孫とテレビチャンネルをめぐってけんかをしています。

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2005年11月21日 (月)

熊騒動を考える

最近、田守村周辺で熊騒動が起こりました。我が家から
3キロ程度の近さで親熊が射殺されました。
発見当日の夜間、たまたま近くを通りかかりましたが火事場の
ような騒々しさで熊の登っていた木がちょうどライトアップされて
熊が逃げ出したところでした。私自身熊を目撃しませんでしたが
ちょうど逃亡犯が追い詰められ映画で見るクライマックスの射殺
シーンが頭をよぎりました。
人身被害への影響ということもありますが、射殺という短絡的な
解決方法のほかに何か良い捕獲方法はなかったのでしょうか?
野生動物との共存が叫ばれている昨今、すみわけと開発という
難しい問題に今後のあり方が問われます。コウノトリやトキのように
絶滅寸前で保護のてこ入れをしても遅いのです。みんなでこれを
機会に考えていきたいものです。
さて、新聞のインタビューで70才の方がこの辺に熊が出るのは生まれて
このかた、きいたことねー。とありましたが、昭和30年代半ば田守村
の下の民家庭先で熊が棚を作ってしばらくの間居座った話を聞いたこと
があります。当時はのどかで気にもされなかったのでしょう。
熊が出たらすぐ射殺という今の考え方より熊が庭に居座った一昔前のほうが
安全だったのではないでしょうか?追い詰められ逃げ場を無くした熊、庭に居座った熊
両方のあり方を考えるとき共存の答えが見つかるような気がしてなりません。

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2005年11月12日 (土)

祖父の仕事に対する姿勢

田守村2号棟の屋根ふきがはじまりました。
柱と屋根板が打ち付けられ知らないうちに屋根材が注文され
祖父一人でこつこつ仕事が進んでいたようです。
もうすぐ94才になるひとの仕事に思えません。
考えこむことは休むことと同じ、考えるひまがあったら体を動かしなさい。
という祖父の口癖は、言葉だけではなく行動で示されています。
本やシンポジウムなどで諸問題に対する理想論やこうあるべき的なきれいごとのまとめ方は
よく目にしたり私も簡単に口にしますが実際行動に移すことはごく僅かでその場かぎりで終わって
しまうものです。しかし祖父は、完成という目標に向かい何事も口にせず淡々と毎日2号棟を
作り続けています。祖父にとって理屈よりも大切なものは行動することそのもののようです。
祖父は大昔から生きつづけている百姓の魂をもった最後の農民かもしれません。私も
祖父から多くの生きた百姓の知恵をいただきたいものです。

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2005年10月31日 (月)

ラムサール条約締結に考える…

最近どうもラムサ-ル関係で世間が騒がしいようですが
我が家も母がアフリカへ行くので本人のみ同じく騒がしいです。
世間はどうであれ稲刈りも終わりじっくりここ2年間の
自分の変わりようと蕪栗沼について考えてみました。
私はやや社交的になり、田んぼの方で多忙となりました。
蕪栗沼は人がちょっと増えただけで何も変わっていません。
ここで、思うのは、変化するのは、人間の方であり自然そのもの
の営みは、全く変わることなくたんたんと続いているということ。
世間が騒がしくお祭り騒ぎで進行するのは、全く結構なことですが
それに流されず、しっかり、沼や田んぼを見て欲しいものです。
私達農家は、ラムサ-ルに関係無く田起こしに頬被りをしてトラクター
に乗り田んぼに出ます。雁も、同じく餌をついばみに田んぼに出ます。
普段と変わらぬ日常の風景がそこにはひろがっています。
私達農家やそこに舞い降りてくる雁はこれからやってくる急激な人の
増加や社会変化に変わらずそこにあり続けることができるのでしょうか?
私は、締結会議当日は、多分たんぼにいます。畔に腰掛け、空を
見上げ、雁に何を話かけるのでしょうか?

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2005年10月28日 (金)

稲刈り終了

やっと稲刈りも終わり、少しだけ心に余裕ができました。
今回の稲刈りは、草が多かったり、倒伏が目立ちコンバイン
への負荷が多く、すり減りによる故障が目立ちました。
今までに体験したことの無いトラブルにへこみぎみにもなりましたが
反省点を踏まえ来年につなげたいと思っています
10月からはじめたカウントですが、主に伸萠の田んぼの東側を中心
に利用しているようです。西側は、使われておらず、ねぐらに近いところを
餌場に利用しているようです。昨年の冬は、畔のみに集中していましたが
まだ秋なので落穂を食べに田面に広がりをもって採食しています。

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2005年10月22日 (土)

なまずを料理する

昨晩、夏に投網で取った鯰を食卓にのせるべく
夜中に一人で包丁をふるい、鯰を解凍し料理をしていました。
泥臭いのが川魚の好まれない弱点ですが、何度も煮詰め
臭みを取り除き甘露にのように仕上げました。
自分では、臭みも無く満足の行く出来映えでしたがなぜか
家族には、受けが悪かったようで誰も箸をつけてくれません。
地元では、泥臭いイメージが強いので家族も敬遠したのか
もしくは、夜中こそこそ台所に立つ私に不信感を覚えたのか
それは謎ですが、新米と共にしばらく私がおかずとしてご馳走
にありつこうとおもっています。
追伸・・後で聞いたら私の調理するもの自体があやしいそうです。

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2005年9月29日 (木)

雁瘡を詠む…俳句

今日も1人、田んぼの真中で耳の聞こえぬ祖父に・・・を叫んでいました。
雁のつく季語その2(季語辞典より)
雁瘡・・・(がんそう)
雁の飛来する時分に発して雁が帰る頃に癒えるのでこういう
そうなのである。発疹性皮膚病の一種で大抵脚部に発生し
多くは、慢性の経過をたどり非常に痒く治癒が容易でないという
雁瘡を掻いて素読を教えけり・・・・高浜虚子
ふるさとや雁瘡の子の今もいる・・・下村隗太
雁瘡の父よ暮れゆく島村よ・・・八木林乃助
雁瘡つけおほせたる薬筆・・・浜口今夜
私も一句
冷めた茶に口寒々と遅き昼・・・・斎藤 肇・・・今朝ポットに入れた茶が稲刈りで押した昼には
                          もうさめていた。

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2005年9月25日 (日)

雁風呂を詠む…俳句

雁の季語について調べていたらこんな記載がありました。
雁風呂・・・雁供養
青森県外が浜付近では、暮春のころ、海岸に落ち散らばった木片を
拾って風呂を立て、人々に入浴させる風習がある。これは、秋にわたって
くる雁が、海上で羽を休める為にくわえてきて、ここに来て捨てておき、翌春
、北方へ帰るときに再びその木片をくわえて帰るのだが、人に捕らわれまた
冬の間に死ぬ雁が多い為に木片がたくさん残るので里人が哀れんで、雁を
供養する心で、風呂を立てるのだという。もちろん伝説に基づいたもの。
雁風呂や海荒るる日は焚かぬなり  高浜虚子
雁風呂の燃えぬ木を拭く波だかな  高田蝶衣
雁風呂や岬を隠す細き雨      戸木啓人
砂山にほかと月あり雁供養      永田青嵐
K地さん、まだ青森には、雁風呂の風習がのこっているのですかね?

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2005年9月16日 (金)

秋の景色の素晴らしさ

蕪栗の ススキの波を 月渡り  
先日の月は、大変きれいでした。すすきと稲穂と風
これらがきれいに交錯しすばらしい景色をつくりあげていました。
農作業で帰りが遅くなりふと目に止まった光景でしたが作業
が遅れ100文の得というところでしょうか。ススキの中を車を
止め散歩しました。人は誰もいません。太古の蕪栗に思い
を馳せすばらしい時間を過ごしました。
帰宅後、帰りが遅いと家族からブーイングのあらしです。
景色の素晴らしさを切々と語りましたが景色より夕ご飯が
我が家族は大事のようです。

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2005年9月12日 (月)

秋茄子を詠む…俳句

金曜の夕方、雁らしき数羽の群れを瀬峰、大谷地
上空で見ました。伊豆沼方面へ飛んでいきましたが
遠方だったため、確信が持てずにおります。
不明確な情報で申し訳ありませんが一応報告いたします。
田守村の秋茄子もおいしそうに実りました。そこで、
秋茄子の句を集めてみました。
秋茄子小さきもののなつかしさ  正岡子規
秋茄子の日に籠にあふれみつるかな  高浜虚子
秋茄子花も紫濃くなりぬ   加賀谷凡秋
秋茄子の紫おもし親遠し  石橋秀野
日にほてりたる秋茄子もぎにけり  川上梨屋
秋茄子の畝間に雨の溜まりそぬ  清崎 敏郎
秋茄子を嫁に食わせと母が言う  私の俳句 (秋茄子は、妊娠の母体にいいのよ。だそうです。)

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2005年8月12日 (金)

季節の変わり目

ここ2,3日の間にすっかり秋らしい
夜になってきました。耳をすますと虫の
声が聞こえ、あれほど暑苦しかった夜が
過ごしやすくなりました。
お盆が暑さの境目とおじいさんから
聞きましたが私もお盆前にすずめが田んぼ
につかないように鳥追いテープを明日から設置
予定です。お盆が過ぎると次第に田んぼも黄色
に染まり、稲刈り準備にはいっていきます。
イベント
明日、夕方(5時半頃から)、田守村にて、
こなぎを食べる会をします。
様々な調理法をする予定です。
1人500円(材料費)
ふるってご参加ください。

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